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2013.11.23

山中湖セミナー 眞坂山荘探訪記③

 札幌は雪もなく、例年に比べて暖かい11月となっています。
最近周囲で風邪にかかっている人を多く見かけますが、皆さんインフルエンザ
の予防接種はもうお済みでしょうか、なえぼ駅前歯科の大村です。

先日、いつもブログを見て下さっているHさんから、「先生、11月に半袖の
写真は季節感がちょっと・・・、笑」とご指摘を受けました。実にごもっとも、
よく見て下さっている 
という訳ですが(笑)、本日Part3、よろしくお付き合い下さい。

いよいよセミナー最終日。
前回のブログに書きましたように、早朝、東富士演習場に行きました。
まず演習場が一般の人にも開放されていることに驚きました。
不発弾があるのではないかと思われるからです。案の定、不発弾に注意!
の看板が・・・。
一面すすきの原野の中、カーラジオから流れてくる音楽に合わせて、
皆でラジオ体操を行いました。

東富士演習場から見える富士山
 東富士演習場から見える富士山

朝のラジオ体操
        朝のラジオ体操(向って右から2番目が私)

富士山の裾野8809ヘクタール。東京ドーム1884個分の広さだそうで、
帰りは途中主要道路からはずれてしまい、戦車のキャタピラによる悪路に
迷い込んで、果たして無事帰れるのかな~とちょっと不安になってしまいました。

朝食をいただいた後、8:30から早速セミナーを開始。
患者さんとの治療契約書、同意書に関する眞坂先生のレクチャーと
代表のT先生がスタッフセミナーの報告を行いました。

無事3日間に渡るセミナーを終了することができ、その後山荘玄関にて
記念撮影を行いました。

山荘玄関にて

3日間大変お世話になった眞坂先生と奥様、スタッフの
皆様に別れを告げて我々メンバーは車にて御殿場へと向いました。

御殿場駅でレンタカーを返し、私だけが御殿場にある時之栖(ときのすみか)に
もう一泊し、他の6名のメンバーはロマンスカーに乗り、夕方の便で札幌へと
帰路に就きました。

御殿場までのレンタカーでの車中です。

車中にて ①

メンバーの一人があまりに皆の笑顔が良いのでメールでシェアしたところ、
他のメンバーがお返しに運転席の写真をシェアしてくれました。
皆、顔が生き生きしている!まるで中年の修学旅行ですネ。

車中にて ②

2泊3日の有意義なセミナーであったとともに、私の歯科医師人生にとって
とても思い出に残るセミナーとなりました。
4年前には全く想像すらできなかった大きな、大きな前進でした。

常日頃お世話になっているすべての方へ感謝するとともに、これからの
歯科医師人生、悔いの残らないよう、より一層患者さんのために謙虚に
努力研鑚していこうと心に誓いました。


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Posted at 18:33 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |
2013.11.16

山中湖セミナー 眞坂山荘探訪記 ②

 札幌も今週ようやく初雪が降り、いよいよ冬の到来となりました。
皆様お風邪など引かれていませんか、なえぼ駅前歯科の大村です。
日が暮れるのも早くなり、もう年の瀬だな~と感じるとともに、今年も無事に
1年を終えられそうで、常日頃私をサポートしてくれる人たちに感謝の気持ちで
一杯です。

8757043.gif

前回のブログでは、私が所属するスタディーグループPDM札幌の歯科医師7名で、
山中湖セミナーに参加してきたことをご報告しましたが、本日はその続きを
お話しさせていただきます。前回のブログと併せて読んでいただければ幸いです。

2日目の午前と夜はセミナー三昧、午後はレクリエーションで、
私は北口本宮富士浅間神社、山梨船津胎内樹型と富士山(4合目まで)に
行ってきました。   
                   
午前中のセミナーは前日からの積み残しである下野先生によるプライベート
講演会とメンバーからの破折歯接着再植法のプレゼンが行われ、
下野先生、眞坂先生からそれぞれコメントをいただきました。
その後別荘のテラスにて皆で記念撮影を行いました。

下野先生、眞坂先生を囲んで
            
             眞坂先生、下野先生を囲んで

昼食後は、いくつかのグループに分かれ、私はT先生、M先生、編集者のKさんと
4人でまずは北口本宮富士浅間神社に行きました。

浅間(せんげん)神社は富士山に対する信仰(富士信仰、特に浅間神(火山神)
としての浅間信仰)の神社で全国に1300社あると言われていますが、
その中でも富士山本宮浅間大社を筆頭に富士山周辺の格式の高い8つの
浅間神社のひとつに数えられているのが北口(吉田口)の起点にある北口本宮
富士浅間神社です。

社記の伝えによると、景行天皇40年(110)に日本武尊が富士山を遥拝して
大鳥居を建立、10年後に小祠が建てられたことに始まり、のちの延暦7年
(788)現在地に社殿を営み日本武尊を祀ったとされています。
現在ある大鳥居は、神社造営前からあった富士山遥拝の鳥居が起源とされ
60年ごと造替されています。
また現在ある社殿の多くは江戸中期の造営ですが、本殿は元和元年(1615)
と400年前の建立で、当時の富士講に思いを馳せながら、拝殿にて祈願と
恒例のおみくじを引き(ちなみに吉でした!)、急ぎ次の目的地へと向かいました。

境内の風景

           北口本宮富士浅間神社境内の風景

次に向ったのは山梨船津胎内樹型です。胎内樹型についてはご存知ない
方も多いかと思います。富士山周辺には、溶岩が流れ下る際に樹木を取り込んで
固化し、燃えつきた樹幹の跡が空洞として遺存した洞穴が点在しており、
これを溶岩樹型と言い、大小100を超える溶岩樹型が点在しています。

そのうち、内部の形態が胎内に似たものは「御胎内」と呼ばれて信仰の対象となり、
「胎内巡り」と称して洞内を巡る信仰行為、安産祈願が江戸時代から行われる
ようになりました。
山梨船津胎内樹型及び静岡吉田胎内樹型はその代表的なものです。
両者は吉田口登山道に近接して存在したことから、多くの富士講信者によって
重視され、2つの「御胎内」が一連の霊地として位置付けられました。         
胎内神社境内が洞窟の入り口となっており、神紋が描かれた神前幕をくぐると

御胎内神社
 無戸室(むつむろ)浅間神社(胎内神社)

船津胎内樹型入口
       神社境内(胎内樹型入口)

内部は全長68m、一番奥につながる通路は人がやっと通れるくらいのスペースで、
ここ本当にくぐれるのかな?と最初は思ったのですが、私よりもがたいの大きい
M先生が「狭っ!」と言って、屈みながら前進し始めましたので(笑)、
その後をついていきました。

胎内樹型内部
       胎内樹型入口の中の様子(左に肋骨、あばらの文字)

母の胎内入口
      最奥部へとつながる道(狭くて全く行き違えません・・・)

最奥部は2~3人がとどまれる小さな部屋になっており、そこに浅間大神の化身であり
富士山の祭神である木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祀られていました。
内部は江戸時代当時のままということで有り難くお参りしてきました。

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
                最奥部の様子

後から聞いた話なのですが、半世紀以上前私が胎内にいる時、
母は安産を祈願して静岡印野胎内樹型の狭い洞内を大きなお腹で巡ったそうです。
本当に感謝であります。      

レクリエーション最後の目的地はやっぱり富士山で、車で4合目まで上がりました。
私は小学校の確か2年生(当時は大阪に住んでいました)の夏休みに、
当時御殿場に住んでいた母の姉夫婦の車で、今回とは別ルートから3合目まで
上がり、初めて富士山を体験しました。
周りの樹木が強い風の為に同じ方向に曲がっていて、溶岩石がゴロゴロしている
のに驚いた記憶があります。溶岩石は持ち帰り、夏休みの工作に使いました。
そういう小さい頃の思い出がよみがえりました。

あっという間の3時間、午後のレクリエーションは終了し、夜のセミナーは盛り
だくさんでまた大いに盛り上がりました。とても3日間で消化できる内容では
ありませんでしたが、PDM札幌という我々の会の今後の課題もいろいろと
見えてきました。

ホームページ戦略、治療計画書の作成の仕方、保険では認められていない
メインテナンス(保険は疾病医療のため予防は認められていません)を
どうやって患者さんに理解していただくか(継続することの重要性、保険制度の
問題、自費で行う場合の費用に関して)などのプレゼンが行われました。

私は保険診療、自費診療と自由診療の法的な線引きのプレゼンを行いました
(歯科保険制度は複雑なのです・・・)。

翌日はいよいよ最終日。
恒例の朝のラジオ体操を東富士演習場内で行いました。
一般開放されていることにまずびっくり!
最終日の様子はまた次回のブログにてご紹介させていただきます 
Posted at 17:54 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |