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2014.07.30

湯の山温泉と鳥羽訪問記②

今日も暑いですね~。
札幌もお昼前には30℃をこえ、先ほど外出しましたがム~ッとしました・・・。
学校も夏休みに入り、皆様、暑い毎日をいかがお過ごしでしょうか。

昨日、皇太子ご一家が伊勢神宮をご訪問されました。愛子さまは初めての、
雅子さまも20年ぶりのご訪問ということで、神武天皇は天照大御神の子孫です
から、伊勢神宮はご先祖が祭られている神社ということになりますネ。

本日は、前回の「伊勢神宮参拝と湯の山温泉訪問記①」に引き続き、湯の山温泉
の話と翌日は1日診療をお休みし、小学校の修学旅行以来40年ぶりとなる鳥羽に
行きましたので併せてお話しさせていただきます。

私たちが泊まった湯の山温泉鹿の湯ホテルは、名古屋市と津市のちょうど中央に
位置しており(四日市市の内陸部)、その昔傷ついた鹿が湯に浸かって治したと
伝わる鹿伝説の名を冠した湯宿です。

宿泊した部屋(真菰野)
              宿泊した部屋(真菰野)

T君が予約してくれた部屋(真菰野)は、地元 菰野町の真菰(まこも:イネ科の植物)
を壁に塗りこんだ独特な部屋で、空気の浄化作用やリラックス効果があるとのこと。
また森林浴を行いながら半露天風呂も楽しめるということで、仕事で疲れた体を
癒すには持って来いの部屋でした。

鹿の湯ホテルは決して大きくはないホテルですが、接遇が良く、何よりも料理が
とても良かったです。また周囲一面森林の大パノラマですので、紅葉の季節には
きっとすばらしい眺めなのだろうなあ~と思いました。すばらしい自然の中、
何から何まで癒された一泊でした。

真菰野でのスナップ
             真菰野でのスナップ

宿に到着後は、早速着替えて大浴場、露天風呂に浸かり、夕食をいただいた
後は、学生時代のいろいろな思い出話(昔の暴露話 )や現在の仕事、家庭の状況
などなど、酒を酌み交わしながら語り合いました。

学生時代から四半世紀が経過し、皆それぞれ年を取ってしまいましたが
(T君だけはあまり変わらず若いな~)、お互い健康でこうやって集まることが
できていることは本当にすばらしいなと思いました。
今回のように学会などでもない限り、北海道から三重県に行く機会は
なかなかないのですが、またこういう機会があったらぜひ三人で集まりたいと
思いました。

翌日は朝早かったのですが宿で朝食の支度をして下さり、朝食後は急ぎそれぞれ
の持ち場へと別れを惜しみながら三々五々となりました。
私は小学校の修学旅行以来となる鳥羽に何としてでも行きたいという思いが強く、
四日市で乗り換え、近鉄特急にて一路鳥羽へと向かいました。

鳥羽に到着後、早速鳥羽まるみえパスポートを購入し(HPからダウンロード
したPDFファイルをプリントアウトして持参すると、5700円が何と4100円
となり1600円もお得になるんです、笑)、まずは最初の目的地であるミキモト真珠島に
行きました。

鳥羽まるみえパスポート

真珠王と呼ばれる御木本幸吉は、御木本真珠店(現・ミキモト)の創業者であり、
世界で初めて真珠の養殖とそのブランド化に成功し富を成した人でもあります。

ミキモト真珠島では、早速、海女による真珠貝の採取実演を見学しました。
明治時代、世界の装飾品市場では天然の真珠が高値で取引されており、
海女が一粒の真珠を採ってくると高額の収入を得られる事から、
伊勢志摩を始め全国各地でアコヤ貝が乱獲され、絶滅の危機に瀕して
いました。この事態を憂慮した幸吉が貝の養殖を始めたことがきっかけで、
1893年、遂に真珠の養殖(当時はまだ半円真珠でした)に成功します。

御木本幸吉像と海女による真珠貝の採集
   御木本幸吉像と海女による真珠貝の採取実演 

幸吉の波瀾に富んだ生涯と業績は、御木本幸吉記念館でご覧になることが
できます。当時誰もなし得なかったことを、何度もの危機を乗り越えながら
一大事業へと成し遂げていくそのすさまじい生き様には、自分も歯科医師として
の天職をとことん全うしてやろうという気持ちにさせられました。

また真珠博物館では、真珠の養殖方法や養殖真珠発明以前の天然真珠を用いた
アンティックジュエリー、ミキモトクラシックのコレクション、真珠をふんだんに使用
した美術工芸品などが展示されており、知識の集積と目の保養になりました 
現在の御木本幸吉記念館や真珠博物館は、1972年当時それぞれ御木本幸吉翁
記念館、ミキモトパールミュージアムと旧建造物でしたので、残念ながら40年前を
偲ぶことはできませんでした(まあ、当たり前ですネ)。

次に向かったのは鳥羽水族館ですが、1972年に小学校の修学旅行で行った時には、
世界初のドーナツ型水槽を有する水族館(1955年開館)というガイドさんの説明
でしたが、当時すでに江ノ島や油壺の水族館を知っていた私にとっては随分古くて
小さな水族館だなという印象でした。

その後1994年にそれまでの空間の4倍となる現在の鳥羽水族館にリニューアル
され、「人魚伝説のモデル」といわれるジュゴンの飼育や、また5年以上もエサを
食べずに生き続けていた深海生物 ダイオウグソクムシも一時期話題となりました。

あざらし君の曲芸
         アザラシ君の曲芸

時間に追われる普段の気忙しい生活から開放され、ゆっくりとした
時間の経過の中で、のんびりとアザラシ君の曲芸を眺めていたところ、
おそらく宿泊学習で学校から配布されたであろう「みさきの家」と書かれた
資料を持った小学生がたくさんいることに気づきました。

京都の小学校時代に宿泊研修に行った記憶が突然鮮やかに思い出され、
もしかしたら京都の小学生なのかな?とちょっとドキドキして、何人かいた
小学生に思わず声を掛けてしまいました(やはり京都の小学生でした!
不審なおじさんですね、笑)。

最後に鳥羽湾周遊観光船にも乗り(昔この船に乗って気持ちが悪くなったっけ。
昔はポンポン船だったのにな~)、わずか4時間程度の観光でしたが、思いで深い
鳥羽を十分満喫することができました。

鳥羽湾観光船竜宮城
           鳥羽湾観光船竜宮城

その後津市まで戻り、津なぎさまちから中部国際空港まで直行の高速船に乗り

津なぎさまちからの高速船
          津なぎさまちからの高速船

無事19:00発の札幌最終便に乗ることができました。

窓から眼下に見下ろす北アルプス連峰と夕焼け空
    窓から眼下に見下ろす北アルプス連峰と夕焼け空

ちょうど北アルプス連峰上空で機長からの機内放送がかかり、偶然主翼近くの窓側の
席にいた私も窓から見える景色のすばらしさに感動してしまいました。

今回の名古屋での学会、友人との湯の山温泉宿泊、そして40年ぶりの伊勢神宮、
鳥羽訪問は、2014年という私にとっては歯科医師としての再出発の年として、
忘れられない思い出になると思います。本当に楽しく有意義な3日間でした。

長文となってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました 




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Posted at 23:51 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |
2014.07.24

伊勢神宮参拝と湯の山温泉訪問記 ①

 今日も良い天気ですね、皆様暑い夏をいかがお過ごしですか。
なえぼ駅前歯科の大村です。

前回のブログでは名古屋での日本臨床歯周病学会のご報告と歯科における再生医療の
現状についてお話させていただきました。学会終了後は名古屋で開業しているT君に
ナビゲートしてもらい、三重県の二見浦、その後伊勢神宮外宮、内宮を順次参拝して
きました(この順序で参拝するのが正しいそうです)。

二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)境内の磯合にある夫婦岩は、小学校の
修学旅行(昭和47年当時、宇治市の小倉小学校に在籍していました)以来40年ぶりで、
あいにくの雨ではありましたが、とても懐かしく当時を思い出しました(瀬戸の花嫁を
バスガイドさんと一緒に熱唱し、帰りに赤福を買ったっけ)。

40年ぶりの二見浦
           40年ぶりの二見浦

伊勢神宮では昨年20年ぶりの式年遷宮が行われ、参拝された方も多かったのでは
ないかと思います。新しくなった内宮本殿前でのスナップ写真です。

内宮本殿前にて
                 内宮本殿前にて

後ろに見える巨木は40年前修学旅行の時に、同級生6~7人で手をつなぎ輪になって
幹周りを測った木ではないかな~と思い、記念に撮ってもらいました。

一度でも伊勢神宮を参拝されたことがあれば参拝の仕方はご存知だと思いますが、
私は知らなかったのでにわか勉強をしてから参拝しました。
参道では外宮が左側通行、内宮が右側通行で、中央を歩くのは神様の通る道と
いうことでタブーになっています。また鳥居の前では立ち止まり軽く一礼をして
進んでいきます。

正宮から先に参拝し、その後別宮を回ること。また正宮ではお願いごとはできない
そうで、正宮でお願いができるのは国家の安寧を願う天皇だけなのだそうです。
正宮ではこの5年間お世話になった慈昂会の皆さん、当院スタッフ、歯科医師仲間と
友人そして家族、私を周りで支えてくれたすべての方に対する感謝の気持ちを込めて
神様に「ありがとうございました」とお伝えしてきました。
その後、別宮にていろいろなお願いごとをしてきました

 参道風景
                 参道風景

正宮、別宮をすべて回るとたくさんありますので、お賽銭はあらかじめ用意して
おいた方が無難と思います。ちなみに借りてもいけないそうです。正宮では天皇
以外はお供えができないということで、賽銭箱が置かれていないと聞いていたの
ですがなぜかありました・・・。

昨年の式年遷宮で多くの出費がかかったのかな?と下種な推測をするあたりは
まだまだ敬虔な気持ちが足りないと反省しました

伊勢神宮参拝を終えた後は、おかげ横丁の豚捨(ユニークな屋号は、牛肉にこだわって
豚を捨てたことから名づけられたといわれています )にまずは立ち寄り、コロッケと串を
ちょっとつまみ、その後、別のお店で伊勢うどんも食べてきました。ずんぐりと太く柔らかい
麺にたまり醤油を使ったタレをかけただけ(具はネギのみ)のユニークなうどんで、
讃岐うどんを食べ慣れている私にとってはちょっと驚きのうどんでした。

豚捨の串とコロッケ
     豚捨の串とコロッケ

伊勢うどん
      伊勢うどん

その後、津市に住んでいる親友のA君が教授をしている大学の医局を訪問し、
集合写真をパチリ。

A君の部屋にて

参拝帰りの車で高速が混まないうちに急ぎ四日市方面に向かい、その夜は湯の山温泉
鹿の湯ホテルに三人で一泊しました。

北大歯学部の硬式テニス部つながりの三人ですが、当時は北大もおおらかで、
当日の試験さえ良ければあまり出席にこだわらず合格させてくれる教授が多く
教養の2年間は本当に一生の間で一番遊びました。
特にこの二人とはいつも一緒で楽しかったな~。
もう一度戻れるとしたらこの時代に戻りたいです(笑)。

湯の山温泉での話と翌日の鳥羽周辺の訪問記は、あらためて次回のブログで
お伝えしたいと思います。


Posted at 21:08 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |
2013.11.23

山中湖セミナー 眞坂山荘探訪記③

 札幌は雪もなく、例年に比べて暖かい11月となっています。
最近周囲で風邪にかかっている人を多く見かけますが、皆さんインフルエンザ
の予防接種はもうお済みでしょうか、なえぼ駅前歯科の大村です。

先日、いつもブログを見て下さっているHさんから、「先生、11月に半袖の
写真は季節感がちょっと・・・、笑」とご指摘を受けました。実にごもっとも、
よく見て下さっている 
という訳ですが(笑)、本日Part3、よろしくお付き合い下さい。

いよいよセミナー最終日。
前回のブログに書きましたように、早朝、東富士演習場に行きました。
まず演習場が一般の人にも開放されていることに驚きました。
不発弾があるのではないかと思われるからです。案の定、不発弾に注意!
の看板が・・・。
一面すすきの原野の中、カーラジオから流れてくる音楽に合わせて、
皆でラジオ体操を行いました。

東富士演習場から見える富士山
 東富士演習場から見える富士山

朝のラジオ体操
        朝のラジオ体操(向って右から2番目が私)

富士山の裾野8809ヘクタール。東京ドーム1884個分の広さだそうで、
帰りは途中主要道路からはずれてしまい、戦車のキャタピラによる悪路に
迷い込んで、果たして無事帰れるのかな~とちょっと不安になってしまいました。

朝食をいただいた後、8:30から早速セミナーを開始。
患者さんとの治療契約書、同意書に関する眞坂先生のレクチャーと
代表のT先生がスタッフセミナーの報告を行いました。

無事3日間に渡るセミナーを終了することができ、その後山荘玄関にて
記念撮影を行いました。

山荘玄関にて

3日間大変お世話になった眞坂先生と奥様、スタッフの
皆様に別れを告げて我々メンバーは車にて御殿場へと向いました。

御殿場駅でレンタカーを返し、私だけが御殿場にある時之栖(ときのすみか)に
もう一泊し、他の6名のメンバーはロマンスカーに乗り、夕方の便で札幌へと
帰路に就きました。

御殿場までのレンタカーでの車中です。

車中にて ①

メンバーの一人があまりに皆の笑顔が良いのでメールでシェアしたところ、
他のメンバーがお返しに運転席の写真をシェアしてくれました。
皆、顔が生き生きしている!まるで中年の修学旅行ですネ。

車中にて ②

2泊3日の有意義なセミナーであったとともに、私の歯科医師人生にとって
とても思い出に残るセミナーとなりました。
4年前には全く想像すらできなかった大きな、大きな前進でした。

常日頃お世話になっているすべての方へ感謝するとともに、これからの
歯科医師人生、悔いの残らないよう、より一層患者さんのために謙虚に
努力研鑚していこうと心に誓いました。


Posted at 18:33 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |
2013.11.16

山中湖セミナー 眞坂山荘探訪記 ②

 札幌も今週ようやく初雪が降り、いよいよ冬の到来となりました。
皆様お風邪など引かれていませんか、なえぼ駅前歯科の大村です。
日が暮れるのも早くなり、もう年の瀬だな~と感じるとともに、今年も無事に
1年を終えられそうで、常日頃私をサポートしてくれる人たちに感謝の気持ちで
一杯です。

8757043.gif

前回のブログでは、私が所属するスタディーグループPDM札幌の歯科医師7名で、
山中湖セミナーに参加してきたことをご報告しましたが、本日はその続きを
お話しさせていただきます。前回のブログと併せて読んでいただければ幸いです。

2日目の午前と夜はセミナー三昧、午後はレクリエーションで、
私は北口本宮富士浅間神社、山梨船津胎内樹型と富士山(4合目まで)に
行ってきました。   
                   
午前中のセミナーは前日からの積み残しである下野先生によるプライベート
講演会とメンバーからの破折歯接着再植法のプレゼンが行われ、
下野先生、眞坂先生からそれぞれコメントをいただきました。
その後別荘のテラスにて皆で記念撮影を行いました。

下野先生、眞坂先生を囲んで
            
             眞坂先生、下野先生を囲んで

昼食後は、いくつかのグループに分かれ、私はT先生、M先生、編集者のKさんと
4人でまずは北口本宮富士浅間神社に行きました。

浅間(せんげん)神社は富士山に対する信仰(富士信仰、特に浅間神(火山神)
としての浅間信仰)の神社で全国に1300社あると言われていますが、
その中でも富士山本宮浅間大社を筆頭に富士山周辺の格式の高い8つの
浅間神社のひとつに数えられているのが北口(吉田口)の起点にある北口本宮
富士浅間神社です。

社記の伝えによると、景行天皇40年(110)に日本武尊が富士山を遥拝して
大鳥居を建立、10年後に小祠が建てられたことに始まり、のちの延暦7年
(788)現在地に社殿を営み日本武尊を祀ったとされています。
現在ある大鳥居は、神社造営前からあった富士山遥拝の鳥居が起源とされ
60年ごと造替されています。
また現在ある社殿の多くは江戸中期の造営ですが、本殿は元和元年(1615)
と400年前の建立で、当時の富士講に思いを馳せながら、拝殿にて祈願と
恒例のおみくじを引き(ちなみに吉でした!)、急ぎ次の目的地へと向かいました。

境内の風景

           北口本宮富士浅間神社境内の風景

次に向ったのは山梨船津胎内樹型です。胎内樹型についてはご存知ない
方も多いかと思います。富士山周辺には、溶岩が流れ下る際に樹木を取り込んで
固化し、燃えつきた樹幹の跡が空洞として遺存した洞穴が点在しており、
これを溶岩樹型と言い、大小100を超える溶岩樹型が点在しています。

そのうち、内部の形態が胎内に似たものは「御胎内」と呼ばれて信仰の対象となり、
「胎内巡り」と称して洞内を巡る信仰行為、安産祈願が江戸時代から行われる
ようになりました。
山梨船津胎内樹型及び静岡吉田胎内樹型はその代表的なものです。
両者は吉田口登山道に近接して存在したことから、多くの富士講信者によって
重視され、2つの「御胎内」が一連の霊地として位置付けられました。         
胎内神社境内が洞窟の入り口となっており、神紋が描かれた神前幕をくぐると

御胎内神社
 無戸室(むつむろ)浅間神社(胎内神社)

船津胎内樹型入口
       神社境内(胎内樹型入口)

内部は全長68m、一番奥につながる通路は人がやっと通れるくらいのスペースで、
ここ本当にくぐれるのかな?と最初は思ったのですが、私よりもがたいの大きい
M先生が「狭っ!」と言って、屈みながら前進し始めましたので(笑)、
その後をついていきました。

胎内樹型内部
       胎内樹型入口の中の様子(左に肋骨、あばらの文字)

母の胎内入口
      最奥部へとつながる道(狭くて全く行き違えません・・・)

最奥部は2~3人がとどまれる小さな部屋になっており、そこに浅間大神の化身であり
富士山の祭神である木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祀られていました。
内部は江戸時代当時のままということで有り難くお参りしてきました。

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
                最奥部の様子

後から聞いた話なのですが、半世紀以上前私が胎内にいる時、
母は安産を祈願して静岡印野胎内樹型の狭い洞内を大きなお腹で巡ったそうです。
本当に感謝であります。      

レクリエーション最後の目的地はやっぱり富士山で、車で4合目まで上がりました。
私は小学校の確か2年生(当時は大阪に住んでいました)の夏休みに、
当時御殿場に住んでいた母の姉夫婦の車で、今回とは別ルートから3合目まで
上がり、初めて富士山を体験しました。
周りの樹木が強い風の為に同じ方向に曲がっていて、溶岩石がゴロゴロしている
のに驚いた記憶があります。溶岩石は持ち帰り、夏休みの工作に使いました。
そういう小さい頃の思い出がよみがえりました。

あっという間の3時間、午後のレクリエーションは終了し、夜のセミナーは盛り
だくさんでまた大いに盛り上がりました。とても3日間で消化できる内容では
ありませんでしたが、PDM札幌という我々の会の今後の課題もいろいろと
見えてきました。

ホームページ戦略、治療計画書の作成の仕方、保険では認められていない
メインテナンス(保険は疾病医療のため予防は認められていません)を
どうやって患者さんに理解していただくか(継続することの重要性、保険制度の
問題、自費で行う場合の費用に関して)などのプレゼンが行われました。

私は保険診療、自費診療と自由診療の法的な線引きのプレゼンを行いました
(歯科保険制度は複雑なのです・・・)。

翌日はいよいよ最終日。
恒例の朝のラジオ体操を東富士演習場内で行いました。
一般開放されていることにまずびっくり!
最終日の様子はまた次回のブログにてご紹介させていただきます 
Posted at 17:54 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |
2013.10.20

山中湖セミナー 眞坂山荘探訪記 ①

 山間が赤や黄色に色づき始め、秋の訪れとともに冬の到来を感じさせる
今日この頃です。
皆様いかがお過ごしでしょうか、なえぼ駅前歯科の大村です。
しばらくブログを更新していない間にいろいろな体験がありました。

先月、9月21日(土)~23(月)の3連休を利用して、私が所属する
スタディーグループPDM札幌の歯科医師7名で、山中湖セミナーに参加
してきました。

眞坂山荘入口にて
眞坂山荘にて(PDM札幌の7名のメンバーとともに、向って左から2人目が私)

このセミナーは霊峰富士の麓、山中湖にある眞坂先生の別荘にて行われた
もので、東京、広島からの参加者とともに約15名の参加メンバーにて
2泊3日のプログラムを組み、PDM札幌の3本柱でもある「臨床、経営、
保険制度」を中心に会員相互にプレゼンを行いました。

また8月1日のブログでもお伝えしました著書「治癒の病理」で有名な
下野正基名誉教授(8月に札幌で直接お世話になり、再び山中湖セミナー
でもお会いできるとは夢にも思っていませんでした!)をスペシャルゲスト
としてお招きし、PDM札幌の歩みを紹介するオープニングのプレゼン後、
早速、私が自院の再生療法を応用した破折歯接着保存症例のプレゼンを
行い、各症例ごとに詳しい解説を頂戴しました。
その後に「臨床の疑問に基礎が答える」ということで、下野先生のプライベート
講演会を受けることができました。

下野先生講演会
  下野先生のプライべート講演会の様子(向って右前列が私)

眞坂先生からは、破折歯接着保存治療に関する臨床上の注意点、
カウンセリング方法、同意書、治療費、またi-TFC根築1回法(ファイバー
ポストの合着と根管充填をスーパーボンドを用いて同時に行う方法)
などに関してレクチャーをいただき、普段の講演会では質問できないような
濃厚な内容を微に入り細にわたり質問しました。

下野先生、眞坂先生とも、所定の時間内で終了することができなかったため
消化できなかった内容に関しては、2日目に引き続き行うこととなりました。

セミナー後の夜の晩餐会において、別荘から見える富士山頂の夜景を
眺めながら、ワインを片手に下野先生の山にまつわる(学生時代ワン
ゲル部に所属されていました)プライベートなお話をお聞きすること
ができたことは、大変良い思い出となりました。

次の日は朝6時に起床し、別荘(眞坂山荘自体が標高1000mより
高いところにある)から、けもの道を登って林道をさらに登り、
大平山山頂(標高1296m)にて朝のラジオ体操を行いました(笑)。

2日目早朝の集合写真
ラジオ体操前の集合写真(中央 眞坂先生、その向って右横が私です)

バックは勿論、富士山と山中湖です。
雲ひとつなく富士山がとてもきれいに見えました!
普段札幌にいますと、なかなかこういう非日常的な体験をすることは
ないですよね~。360度パノラマに見下ろせる光景には遠く江の島灯台
(シーキャンドル)も見えました!(向って右が江の島、その先端部に
小さく見えました)

遠く江の島を見下ろすパノラマ景観

さてセミナー2日目。
午前と夜はセミナー三昧、午後はレクリエーションで、
私は富士山の4合目(旧道)と山梨船津胎内樹型、北口本宮富士浅間神社
に行ってきました。
その話は後日またあらためてお話させていただきます 






Posted at 12:50 | 旅行 | COM(0) | TB(0) |